私はアスリートになりたかった。
プロとして活躍している先輩方の後を追って、練習に明け暮れる日々を過ごした。それは私の「夢」であるだけでなく、私の「アイデンティティ」でもあり、私がそれまでの人生の大半を費やして築いた「居場所」でもあった。
しかし、その柱を担った競技人生は15年目にして崩れ、19歳だった私はその瓦礫の中に埋もれ踠いた。突然患った難病が私から全てを奪い去り、アスリートとしての私は夢半ばに終わった。
「居場所」からの強制退去を喰らった私は、人生の路頭に迷った。「アイデンティティ」をなくした私は、何者でもなかった。ぼんやりと描いていた将来像は一瞬にして真っ暗闇と化した。全てが終わった、と心の底から思った。
それからの数ヶ月に渡り鬱状態にあった私は、おそらく人生で最も辛い時期を過ごした。部屋からも出れず、ベッドからも出ることにも苦しむ状態で、将来の不安に押し潰されながら、私の思考だけが暴走していた。
何か行動に移さなければ、そんな焦りがどうしてか、私をアメリカへと誘った。とにかく私は自分にとっての新しい「居場所」を見つけ、闇をさまよう自分に光を当てたくてしょうがなかった。英語ができたわけでもなく、何か特別なスキルがあったわけでもないが、どん底まで落ちた人間に怖いものなどなかった。
それは私にとって全くコンテキストのない挑戦で、ある意味現実から逃げたとも取れるかもしれない。私にはもう崩壊したかつての「居場所」を修復する力はなく、ただ瓦礫の中から逃げ出すことしかできなかった。でも私はこの決断が現実逃避という名の現状打破なんだと信じることにした。その方法でしか私は私自身を救うことができなかった。
日本で培ったことを留学先で磨きをかけて、、、。私の留学はそんな海外留学の理想とはかけ離れる。しかし結果的に、マイナスから始まった私の留学は、挫折を乗り越え自分自身を成長させるために必要な時間になっていた。今、私はここに「居場所」があると感じるし、自分にも様々な側面(アイデンティティ)があることを知った。
「逃げ」というと聞こえが悪いけど、”maybe it’s just a change of direction.” 大切な物が消えた時、目標を見失った時、深く沈む時、暗闇でもがく時、それらは全て人生の ”turning point” におけるシグナルなのかもしれない。
正しい方向へと進む自信はなくてもいい。将来の自分がきっとそれが良い選択だったと証明してくれる。自分を信じ続けている限り。